
「大事な時に限って、同時進行で実家のトラブル起こりがち」問題を考えてみました!
今回もやってきました実家の修羅場。資格試験の勉強がいよいよスタートという矢先に!
人生の転機だといえるような大事な時に、急に実家でもゴタゴタが起きて、てんてこまいになる…。
そんな経験ありませんか?
実は、私の人生の中では頻繁に起こる現象で、つい先日もこんなことがありました。
別の記事に書いているのですが、私は最近、心理士資格の取得をする決心をし、
先週末に申し込みをしていた講座の教材が届くという、
個人的には人生の転期となるようなビッグイベントがあったんですよね。
「よし、これから勉強を開始するぞ!」と思っていた矢先、実家とのトラブル発生!
最近は、実家との関係も穏やかな状態が続いていたので、すっかり油断しておりました。
資格のことは一切家族には話していなかったのに、
まるで狙い撃ちされたかのようなタイミングだったので、
思わず「さすがだな」と感動してしまった程です。
👉人生の新たな契機となる資格試験の勉強開始についてのブログの記事はこちら
ACでHSP傾向の私の人生を変える、新たな学びの本格始動|ヒューマンアカデミー通信講座『メンタルケア心理士』教材到着レポ
👉noteには、タイムリーな形で自分の気持ちを書きました。
アダルトチルドレンでHSP傾向のある私の、新しい始まり。そして、なぜか修羅場。
なぜいつも“節目”に限って起こるのか?
人生の大きな節目、何か新しい挑戦や前向きな行動を起こそうとするその時に限って、
なぜか実家で何かが起きる。
そしてそれに、ものすごく揺さぶられてしまって、出鼻を挫かれたようになってしまう──。
映画でもよくそういう描写ってありますよね。
最近、観たものだと「ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌」。
(J・D・バンスの自伝が映画化されたものです。)
だから、これは結構多くの人が経験していることなのかなとも思います。
「前に進もう」とする私のエネルギーと、実家からやってくる引き戻そうというエネルギー。
やはり家族って、バイオリズム的な繋がりでもあるんでしょうかね。
そこで、その繋がりのカラクリについて考えてみました。
同じ生きづらさを抱えた家族というつながり
アダルトチルドレン(AC)が生まれ育った家族においては、
アダルトチルドレンになってしまった本人だけでなく、
その家族自体もそれぞれに「生きづらさ」を抱えていることが多いですよね。
そして、その「生きづらさ」っていうのは、心の囚われ状態からくる内圧のようなものなんじゃないかと思っています。

だから、生きづらさは、単に「つらい」という感情というだけではなく、
行き場を求めて外に向かって放出されるようなエネルギーのようなものだとも言えると思います。
生きづらさのエネルギーはどこに向かうか?
そして、私の家族の場合は、それぞれにエネルギーをする放出するパターンを持っていて、
以下の3種類のパターンがあります。
うちの家族の場合、この3パターンになりますが、もしかするとこれが主要な3パターンだと言ってもいいのかもしれません。
そして、家族同士って、どこかバイオリズムが連動するところがあって、
生きづらさの内圧が高まって、そのエネルギーを放出するタイミングというのが重なる。
だから、家族の誰かが前に進もうとするタイミングと
他の家族によって攻撃されたり、何らかの実家のトラブルが生じるタイミングが重なるんじゃないかな。
これが、「ACの人生の節目と実家の修羅場が重なりがち」であることへの考え過ぎの私の考察です。
で、 また修羅場を迎えた時、今回、私はどうしたかと言うと…
今までだったら…
いつもは親の気持ちと正面から向き合うことを避けてきました。
正面から向き合った場合に、親の気持ちや考えにと同調できないと、
決まって泣き叫んで罵り合いのようになり、
もう縁を切るとかいう話になって、
しばらくすると何事もなかったかのように、
また連絡が来るみたいなことになるので、
それを避けたかったというのが理由です。
あと、もう一つは、HSP傾向があるからか、親の苦しみ、痛み、生きづらさを
自分のことのように感じているところがあって、
親がショックを受ける姿を見るのが辛いということもあります。
でも、今回は…
でも、今回は違いました。
私は初めてきちんと親の話を聞いた上で、
「気持ちに応えられなくて申し訳ない。でも、自分の気持ちはこうなんだ」とストレートに伝えることができました。
「あなたの気持ちと私の気持ちは違う。でも、あなたの思いを軽んじているわけじゃない」
ということを、まっすぐに言葉にできたんです。
その後どうなったかというと…
やっぱり、親はショックを受けていました。
でも、私自身が親を傷つけてしまったことへの罪悪感を持つことはなかったんですよね。
多分、それは自分にできる最大限の誠実な対応をしたと思っていたから、
結果として相手にショックを与えたり、傷つけるようなことになったとしても、
罪悪感を持って後悔することがなかったんだろうと思います。
……まぁ、正直「そのうち何かしらの反撃が来るかも」という怖さは、完全には消えていないんですけどね(笑)
それでも、自分の気持ちを言葉にできたことで、
ずっと背負ってきた「生きづらさ」や重荷が、
少しだけ軽くなったような気がしました!
おわりに|これは小さいけれど、とても大きな一歩
これはほんの些細なやり取りかもしれないけれど、
私にとっては、自分の人生を生きるための、大きな意味のある一歩でした。
家族とどう関わるか。
どう距離をとるか。
どう、境界線を引きながら自分の人生に集中するか。
この問題は、こういう小さな一歩の積み重ねで
少しずつ自分の心や家族の心、距離などが変化していくのを待つしかないのかなと思っています。



