
つ、辛い。
社会に適応するのって、何て大変なの。
多くの人にとって、当たり前のようにできていることが自分にとってはとてもしんどい。
特に、子育て中は、人との関わりが今までの倍以上に増えた感じで、毎日夕方にはげっそりしてしまうくらいにエネルギーを消耗し、その果てには何で自分はこんなことが普通にできないのだろうと自己嫌悪に陥る始末…。
そんな私の気持ちを楽にしてくれたのが、「人類学」との出会い。
といっても、専門的に勉強しているわけではありませんが、人類学関連のコンテンツに触れることで、そんな自分を受け入れる勇気をもらう事ができました。
これは、子育て中の方に限らず、「生きづらさ」を抱えた多くの方にとって、同じような効果が期待できるのでは・・・と思います!
子育て中によく悩んでいたこと
小さい子供を連れて、公園や児童館などの遊び場に行ったときに、よく悩んでいたことがありました。
それは、子供同士の「もの」の貸し借りや、「もの」の奪いあいにまつわるアレコレに、親としてどう向き合うかということ。
子供が大きくなったので、最近はもうこのことで悩むことは無くなりましたが、これが結構ややこしい。
1歳後半くらいから3、4歳くらいまでの小さな子って、他の子が使っているものを欲しがって、勝手に取ってしまったり、取られたりと言うことが頻発します。
木の枝とか、石とか、大人から見れば他にもいっぱい同じようなものがその辺に落ちてるでしょって場合でも、子どもはその一つの枝や石ころを交換不可能なものと思っているようで、あらゆる「もの」が問題の種になるんですよね。
そして、他の子が使ってる「もの」を使いたくなったら、「貸して」なんて言わないで、取っちゃう。
でも、所有っていう概念が子供にはないから、それは当然のことなんですよね。
ただ、小さい子供の側には必ず見守っている親などの大人がいて、その大人同士がその揉め事に介入する形になるから、問題はややこしくなります。
そういう時、大抵の大人は、「「貸して」って言おうね」「いいよって言われるまで待ちなさい」とか、所有っていうことを前提にしたルールを子供にそこで教え諭す感じになるんだけど、当然所有っていう概念のない子どもにとっては全く納得がいかないことなので反発するし、その結果、問題が複雑になったり、大きくなったり、拗れたりしてしまうことが多い。
それで、自分の子なり、相手のお子さんなりが、結局大泣きすることになってしまったりすると、こんな小さいうちから本当に窮屈な思いをしなくちゃいけないんだなと悲しくなり、自分の「生きづらさ」と重ね合わせてしまって、胸が締め付けられるような思いをしたことがたくさんありました。
「所有」は普遍的なルールじゃない!?
でも、そんな時に、人類学関連のコンテンツに触れることで、あることを知り、目から鱗が落ちたような気持ちになりました。
それは、「所有」という概念の歴史。
大人が子どもに教えている「貸し借り」のルール等の大前提となっている「所有」という概念って、人間にとって普遍的なものかというと違うんですよね。
「所有」っていうのは、定住社会になったことで生じた概念で、近代社会の中ではとても大事なルールですが、近代社会自体がまだ歴史が浅くて300年程度のもの。
人間が火を使い始めてから何十万年の歴史がありますから、そう考えると「所有」って割と新しい概念なんです。
だから、人間にとって、「所有」っていうのは普遍的なものではないし、「所有」を前提にした振る舞いって全く自然なものではなかったんです。
でも、近代社会でしか生きたことのない人間にとっては、まるで人間にとって普遍のルールであるかのように思えてしまう不思議。
そして、それを唯一絶対のルールのように信じ込んでしまうこと自体が、人を窮屈な気持ちにさせ、「生きづらさ」を生じさせているのかもしれないなと思った訳です。
人類学が「生きづらさ」を抱えた人へ与えてくれる勇気

自分は自分でいいんだ!
人類学関連のコンテンツに接していると、上述のような気づきがあります。
そして、自分の「生きづらさ」の一因とも言える社会の常識やルールが自明のものではないことを知り、そこに閉ざされていた自分を解放してくれる気がします。
だからと言って、自分が生きている環境そのものは変わらないので、やっぱり社会に適応するのは難しいと日々壁にぶつかることには変わりないのですが、そんな自分を客観的に見つめ、社会に適応できない自分を受け入れる勇気を与えてくれます。
なので、人類学関連のコンテンツは、今の社会での「生きづらさ」を抱えた人に、とってもオススメ!
今後も、Slow grothでは、オススメのコンテンツのご紹介など、「人類学」について折に触れて書いていきたいなと思っています!
