自分を変えたいと感じたときに 生きづらさに向き合う(AC・HSP体験とセルフケア)

アダルトチルドレンの生きづらさと自己肯定感。子育てにも影響するその正体とは?

やまね
やまね

そもそも、「生きづらさ」って何だろう。

自分の置かれている状況が変われば、「生きづらさ」もなくなるんだろうか。

そもそも、アダルトチルドレンの抱える「生きづらさ」って、何なんでしょう。

例えば、経済的に困窮しているとか、人間関係の問題を抱えているとか、仕事の悩みとか、そういうものによって生まれる苦しみが「生きづらさ」ということなんでしょうか。

この記事では、アダルトチルドレンや多くの人が抱える「生きづらさ」の正体を、子育て界隈でよく出てくるキーワード「自己肯定感」というものを軸に探っていきたいと思います。

まずは、「自己肯定感」について考えてみる

子育て関連の情報をみているとよく「自己肯定感」というキーワードが出てきます。

「自己肯定感」というのは、あるがままの自分を認めて受け入れている心の状態のことです。

「自己肯定感」という言葉自体は、1990年代頃から使われるようになり、2010年前後には文科省でも使われるようになったようなので、比較的新しい言葉のようです。

ただ、実は仏教の教えや瞑想などでは、「ありのまま」若しくは「あるがまま」を見つめることが説かれていたりするので、実は考え方としては、本当はかなり歴史が古いものなのかもしれません。

そして、「自己肯定感」とは、「ありのまま」「あるがまま」の自分を受け入れている心の状態なので、「俺は経済的に豊かだから凄いんだぞ!」、「私は人気者だから偉い!」、「自分は仕事で成功しているから素敵!」という感覚とは全く違うんですね。

「俺は金持ちだから」、「私は有名人だから」、「自分は容姿が良い」みたいな条件に関わらず、ただ自分は自分のままでいいと思っている状態のことを言います。だから、「肯定」というのも、「偉い!」、「凄い!」、「素敵!」っていうよりも、否定せずに受け入れるっていう感じです。

ですから、「自己肯定感」が高いと言われる人は、仮に貧しくても、無名でも、どんなに仕事で失敗したとしても、そんな自分を受け入れて、飄々と生きていける心の持ち主なんですね。

それって言うのは簡単ですが、想像してみると物凄く難しいことですよね。

もし、それを極めようとするならば、それは「悟り」を開こうとするのに等しいような気がします。

でも、今、そんな「自己肯定感」という心の持ちようが、「子育て」をする上で、とても注目されているんです。

「自己肯定感」を軸に「生きづらさ」を考える

「生きづらさ」は条件によって発生するのか

ここで、改めて、アダルトチルドレンが抱える「生きづらさ」について考えてみたいと思います。

この「生きづらさ」は、例えば「貧乏だから生きづらい」、「人間関係で悩んでいて、生きづらい」、「仕事がうまく行っていないから生きづらい」といった類のある種の条件によって発生するものなのでしょうか。

そうだとしたら、経済的な問題、人間関係の問題、仕事の問題などの諸条件が整えば、その「生きづらさ」はなくなるはずです。

もっと根源的なところに苦しみがあるのでは…

でも、もともと、アダルトチルドレンとは、子供時代の生育環境が原因となって「生きづらさ」を抱えている人達のことを指します。

そして、経済的な問題だとか、人間関係の問題、仕事の問題などにまつわる条件は、生育環境の外側に発生したものですから、アダルトチルドレンの抱える「生きづらさ」の根源とは言えないはずです。

では、「生きづらさ」の根源とは何か。

それは、私たちが子供の時に、生育環境に何らかの形で「自己肯定感」を著しく低くする要因があり、自分をあるがままに受け入れられず、自分を条件付きでしか愛せないということにその根源があるのではないでしょうか。

ですから、上述のような経済的な問題、人間関係の問題、仕事の問題などの諸条件に関わらず、もっと心の奥深いところに「生きづらさ」を抱えているのだと思います。

「生きづらさ」と向き合う

自分の「生きづらさ」と本当の意味で向き合うためには、経済的な問題、人間関係の問題、仕事の問題など目の前にある問題だけでなく、その問題の奥深くに潜んでいる本当の苦しみと向き合う必要があります。

それは、自己肯定感が著しく低いということ、すなわち自分を条件付きでしか受け入れられないという苦しみです。

子育てにおいて、子供の「自己肯定感」を育むために大切だと言われているのは、簡単に言えば親が無償の愛を子供に注ぐことです。

そうだとすれば、アダルトチルドレンとして「生きづらさ」を抱える人々は、自分の生育環境に何らかの原因があり、その無償の愛を感じることができず、自分自身が無条件に愛されるべき存在であるということを知らないまま大人になった人達だと言い換えることができるかと思います。

そして、その結果として、自分を条件付きでしか受け入れることができなくなって、苦しんでいるのだと思います。

ですから、「生きづらさ」と向き合う上で、大切なのはあるがままの自分自身を見つめて受容し、自分に無償の愛を注ぐこと、そして無償の愛(といっても、性愛関係だけではなく、友愛など広い意味での愛ですが)によって結ばれた人間関係を自分の手で築いていくことにあるのではないでしょうか。

それは痛みを伴い、とても困難な道のりではあります。

でも、それこそが自分を成長させる唯一の道であり、「自分育て」をするということではないかと思います。

やまね
やまね

「自分育て」については、以下の記事「アダルトチルドレンの人生を図解〜子育てに役立つ「自分育て」」に書いています。

是非読んでみてくださいね!

  • この記事を書いた人

もりのやまね

私は、アダルトチルドレン(AC)当事者で、
HSP(繊細で感受性が強い気質)の傾向があります。

現在は、一児の母ともなり、不器用ながら何とか生きているところ💦

映画やドラマの鑑賞が長年の趣味で、
年とともに弱ってきた身体に鞭打って睡眠時間を削りながら、
胸に突き刺さるような名作を探究し続けています。

このブログ「Slow growth」では、
そんな私が出会った名作と言えるような 映画・ドラマ(ときどき本も)について批評しています。
そして、 同時に、自分の経験や生活実感をもとに
現代社会と人間の「生きづらさ」の構造を考察することを目指しています。

生きづらさっていうのは、ただの苦しみというだけではなくて、
生きる実感をもたらしてくれる 人生の友ともなりうるものであることを、
お伝えできたらいいなと思っています。

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