
振り返ってみると、自分で自分を育てた感じ。
今はもうだいぶ「自分育て」から手が離れて楽になりました。
「自分はアダルトチルドレンだ」と思うという共通点があったとしてもても、人生は色々、人によって歩んできた道のりは違いますよね。
でも、共通点はあるんじゃないかと思うので、私やまねの人生を簡単な図にすることで、アダルトチルドレンの「生きづらさ」がどんな風に変化していくかを一緒に見ていけたらなと思います。
理想的な人生の流れを図解
本当にこんな人生を送っている人は案外少ないのかもしれませんが、まずは比較のために、私の思う理想の人生の流れを図解します。

上図のような感じで、子供時代に大人(親など)の適切なサポートにより、人によって時期は多少前後するかとは思いますが、だいたい身体的に「大人」になる頃には、心も成熟し、自分の力で人生を切り拓いていく力や強さを十分に身につけている状態になっています。

こんな風に成長できていたらと、正直羨ましい気持ちもあります。
アダルトチルドレンやまねの人生を図解
一方、こちらが私の現実の人生の流れです。

ちょっとゴチャゴチャしてわかりづらいですが、子供時代に生育環境により成長を阻害された結果、心身の成長のタイミングにズレが生じ、体は大人になっても、心の成長が不十分な時期というのが長く続きました(図の青線の時期)。
そのため、本来であれば、大人(親など)がするはずであった子の成長への適切なサポート(いわゆる子育て)を、この時期に自分自身の手ですることになります。
で、このことを私は「自分育て」と名づけることにしました。
「自分育て」は「子育て」よりも更に孤独で辛かった!
この「自分育て」の時期が、本当に大変でした。私の場合は、主に20代から30代前半くらいに相当します。
実際に、「自分育て」の時期がどんな感じかと言うと、ざっくりとですが、思うように生きられず、あっちにぶつかり、こっちにぶつかりともがき苦しむ自分を見守りながら、どこに問題があるのか、どうすればもっと生きやすくなるのかを手探りで模索して、自分を導いていく時間です。
要するに、親が小さな子を育てるような役割を自分でやる感じですね。
でも、周りの同世代の人たちの多くは、しっかり自分の力で自分の人生を切り拓いている中、そんな風に自分がもがいているのはとても辛かったし、一見普通の大人に見えますから、なかなか自分の苦しみを人に理解してもらえず、とても孤独でした。
ただ、実際には、図と若干異なり、もがき苦しむその時期にも、友達でいてくれた人たち、私を支えてくれたパートナーなど、人数はとても少ないですが、幸運にも人間関係に恵まれた部分もあります。そして、その人たちにも、この時期に、たくさん迷惑をかけてしまったなと思います。
子育てから手が離れていくように、いつかは「自分育て」も手が離れて、楽になる時がくる!
でも、そんな辛い時期も、いつかは必ず終わります。
子育てから手が離れるように、いつかは「自分育て」からも手が離れて、気がつけば随分と楽になったなと思う時がくるんですね。
ただ、子育てに終わりがないのと一緒で、「自分育て」にも終わりはありません。
これからも、自分の成長を見守り、いつまでも成長していきたいと考えています。
失ってしまった時間と「自分育て」によって得たもの
正直なところ、理想の人生を歩んでいたとしたら、もっと自分には自分の人生を謳歌する時間があったんじゃないかなと言う気持ちになり、「失ってしまった時間」があるような気がして、悲しく感じることもあります。
でも、「自分育て」の経験は、人間の内面を奥深くまで観察し、その本質に迫りたいという気持ちを大きく育ててくれ、自分の今の人格を形作ってくれましたし、人間の成長に必要なことは何かを教えてくれました。
子供時代に自然に成長していたのでは、私には気づけなかっただろうなと思うことがたくさんあります。
そして、そのことは実際に自分が親になり、子供を育てる立場になった時に、本当に役に立っているなと思います。
また、子育てに限らず、この経験は、周りにいる人達が何らかの「生きづらさ」を感じている時に、とても大きな力となっています。
「生きづらさ」はなくならないけど、「生きづらさ」と随分楽に付き合えるようになったし、今はそれが自分の力にもなっている感じです!
