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映画『スナックバーへようこそ』で90年代について考える

「スナックバーへようこそ」の映画考察のイメージ
やまね
やまね

90年代の10代の少年たちの一夏を描いた作品です。

やまねです😊

今回は、90年代を舞台にした青春映画『スナックバーへようこそ』をご紹介したいと思います。

最近書いた記事が『ストレンジャー・シングス』が80年代、『ホールドオーバーズ』が70年代だったので、今度は90年代を描いたものについて考えたいと思います。

どの映画も子どもや若者が登場しますが、若い人ほどその時代の影響を無意識のうちに大きく受けつつも、時代に関わらず人間に本来備わっている性質も顕著だったりして、青春映画を時代で比較するのって面白いかもしれないと思うんですよね。

本作は2023年製作の作品で、現在はNetflixで公開されています。

⚠️ネタバレがありますので、ご注意ください。

スナックバーは、こんな感じのイメージです。映画だと、もうちょっと小屋って感じの建物。
基本的には子ども相手に、飲み物とかお菓子、ホットドッグなどを売っていました。

『スナックバーへようこそ』の14歳の少年たちが無我夢中になっていたもの

あらすじ

映画の舞台は1991年のネブラスカ。

物語は、14歳の少年エイジェイとムースが遠足をサボって近くのドッグレースの賭博場で、レースに大勝ちするところから始まります。

2人はいつも一緒に過ごしながら、戦いごっこをしたりしつつも、常に金儲けの相談をしているんですね。
まさに子どもと大人の間にいる感じ。

2人は常に大金を稼ぐことを夢みていて、驚異的な行動力を見せます。

でも、お金にすごく執着があるかというと、稼いだ金をチップとして大盤振る舞いしたりしてるんで、お金にものすごく執着があるわけでもなさそう。

そして、自分で使う場合は、儲けたお金を使ってスニーカーを買ったりする程度。

お金儲けのための無謀な振る舞いで散々心配をかけた親にコンサートのチケットを買ってあげたりするので、自分の物欲のためにお金が欲しいというわけでもない感じ(エイジェイについては、後に兄貴分シェーンと一緒にアラスカへ旅に出る資金を貯めると言う目標もできますが)。

だから、何のために、そんなにお金を稼ぎたいのかという目的が特になさそうなんですが、とにかく大金を稼ぐということに夢中になっている。

そんな少年たちが目をつけたのが、市民プールのプールサイドにあるスナックの売店。

その売店が競売にかけられるというので、その資金集めのために、エイジェイの大学進学のための個人信託を下ろしたりしてお金をかき集めて何とかその売店を借りる権利を取得します。

ただ、ライバルの入札額がたったの300ドルだったのに、ありったけのお金3001ドルを入札して、相場を大幅に上回るお金を注ぎ込んでしまって、笑い者になっちゃうんですが。

そのスナックバーを少年たちが切り盛りすることになったひと夏の出来事を描いたのが、この映画です。

色々やらかした結果、親からミリタリースクールのパンフレットを手渡されたエイジェイ。
そういえば、70年代が舞台となった「ホールドオーバーズ」でも、問題を起こした末に、親にミリタリースクールに入れられそうになるという話がありましたね。

無我夢中の青春時代と90年代

14歳の無邪気さ

主人公たちはまだ14歳なので、青春時代の入り口という感じでしょうか。

明確な目的もなく目の前のことに夢中になれる青春時代の無邪気さが、とても楽しく描かれています。

この91年を舞台にした映画に登場するエイジェイとムースの場合、前述の通り、とにかくお金儲けに夢中。

何が欲しいってわけでもなさそうなんだけど、とにかく稼ごうと盛り上がっています。

この2人がなんでこんなにお金儲けに夢中になっていたのかを考えると、90年代の時代背景もあるのかなと思いました。

90年代の若者のスニーカー愛。

90年代を振り返る

87年の映画『ウォール街』の有名なセリフで「Greed is good(強欲は善)」というものがありましたが、80年代には拝金主義的な価値観が蔓延し、90年代にはそれが自明の価値観のようになっていったんですよね。

もちろん、今も資本主義社会ですから、そういう価値観が失われてしまっているということはありませんが、今のようにその価値観だけで突き進むやり方では長続きしないという感覚があまり浸透していなくて、アクセルを躊躇なく踏んでいた時代だったような気がします。

この時代にも、すでに薄々このままでいいのかという不安はあったと思うんですよね。
私も、子供時代にシロクマが小さくなった流氷の上で行き場を失っている写真を見て、不安になった思い出があります。

けれど、その結果生じるはずの問題はまだ多くの人にとっては現実のこととして顕在化していない。
だからこそ、この先も人類はこのまま発展していくだろうという楽観が支配していました。

『アメリカン・サイコ』にも、拝金主義的な価値観を突き詰めた主人公が登場しますね。

若者と時代の空気

そして、若者にとっては、時代の変化を肌で感じるだけの時間をまだ生きていないので、自分が生きる時代が全てのようなところがあります。

その時代に流れる空気、価値観などが無自覚に自分の一部になってしまう。

私自身、長く生きる間に、時代が変化していくのを目の当たりにして初めて時代が変化していくのを実感し、自分の一部になってしまっていた価値観が普遍のものではないことに気がつき、当然のものと思っていた価値観の正体に自覚的になっていったように感じています。

この映画では、そんなふうにすべては変わりゆくものだという事実に直面する前の14歳の感性と時代がうまく重なり合う形で描かれています。

だから、この物語には、現代よりも90年代という時代設定がしっくりくるんじゃないかなと思いました。

無邪気にお金儲けに走る!すごい行動力。でも、芝刈りで地道に稼ぐのは嫌みたい。

そんな青春時代のひと夏に起きた出来事

そんな時代背景のもとで、青春を謳歌していたエイジェイとムースの前に、魅力的な少女ブルックが現れます。

ブルックは元々はエイジェイの隣に引っ越してきて、出会った当初からエイジェイは彼女に淡い恋心のようなものを抱いていました。

でも、お調子者のムースの方が先に積極的なアプローチをしたことで三角関係になってしまうんです。

その結果、エイジェイとムースの関係も単純なものではなくなっていくんですね。

また、エイジェイにとっての兄貴分的存在のシェーンも夏に帰省します。

彼は湾岸戦争から帰還したばかりで、大学生のシェーンは、エイジェイにとっては誰よりも頼れる存在。

エイジェイがどんなにバカなことをしても、温かく見守ってくれるシェーン。

そして、シェーンはエイジェイに大人になるために必要なことを、悪いことも含めて色々教えてくれます。

シェーンの存在は、エイジェイにとって、青春の荒波の中で何があっても変わることのない味方として、彼の精神的な支えになっていました。

三角関係、勃発!

過ぎゆく夏の中でーー恋愛の行く末とシェーンの死

ひと夏の物語というのには、王道のパターンがあって、長い長い夏休みがいつかは終わってしまうように、その夏に起きた出会いや関係性には何らかの形で区切りが来てしまうというものです。

そして、この物語もその例外ではなく、エイジェイが恋したブルックも、エイジェイにとって何があっても変わることのない味方であり精神的な支えであったシェーンの存在も、エイジェイが思わぬような形で自分の元から突然に去っていくことになります。

エイジェイが15歳の誕生日を迎えたその日、シェーンはエイジェイにプレゼントを渡しに家に寄るんですが、その後に交通事故に遭い、帰らぬ人となってしまいます。

また、エイジェイとブルックはようやく恋が実を結んだのに、ブルックの父親の都合で急遽海外へ引っ越しをすることになり、離れ離れになってしまいます。

こうして、自分にとって絶対的なものだと感じていたもの、夢中になることができた大切なものは決して普遍のものではないこと、全てのことが自分の力の及ばないところで移り行くことを知って、世界の見え方が少し変わっていくんですよね。

過ぎゆく夏。

写真が捉えた一瞬と熊よけスプレー

全てのことは変化していきますが、その瞬間、その瞬間にあったことというのは、確かに存在する。

実は、エイジェイが恋した相手、ブルックの趣味はカメラで、彼女はふとした瞬間をいつも身につけているカメラで撮影していました。

そして、ブルックは引っ越しをする前に、エイジェイに一枚の写真を手渡します。

それは、エイジェイとシェーンが並ぶ写真。

全てのものが移り変わろうとも、写真がとらえたその一瞬は、確かに存在し、エイジェイの心の中にずっと残り続けるんですね。

また、シェーンが事故にあう前にエイジェイに渡した誕生日プレゼントは、熊よけ。

実は、エイジェイは、アラスカへ2人で冒険に出る時の話をしていた時に、グリズリー(熊)が出る地域だなとちょっと怖がっていたんですよね。

だから、そのプレゼントは、冒険に出る時のお守りみたいなもの。

人生の冒険も、いつ何時、グリズリーのような予期せぬ災難が訪れるかわからないものだけれど、大切な一瞬、一瞬を心に刻みながら、それでも前に進んでいく。

そんな勇気を、シェーンは残していってくれたのかもしれません。

エイジェイとショーン。カメラが捉えた一瞬。

スナックバーの結末が明るい

三角関係のために拗れてしまったエイジェイとムースの友情。

でも、この一夏が終わりを迎えようとする時、人生が移ろいゆくものであることを痛感した2人は、お互いがかけがえのない存在であることを知って、行き違いを乗り越えて友情を取り戻します。

そして、またスナックバーで元気にお菓子を子供たち相手に売り捌く。

でも、その姿は、最初と同じようでいて、本当は少し違う。

そんな2人の成長の姿を明るく描いた物語の結末でした。

同じことをしているようで、中身はちょっと違う。成長した2人。

おわりに

この映画がそれを描いていると思ったわけじゃないんですが、この記事を書いていて思ったことがあります。

それは90年代の無邪気な時代の空気感に比べて、今は資本主義とか民主主義とか、昔は揺らぎがないように思われていたものの危うさが明白になった時代。

それでも、私たちは相変わらず90年代と同じような営みを続けている。
その分、不安が募っていくのかもしれません。

だから、現代を生きる私たちも、映画の少年たちのように、昔と同じようでいて、不確かさを知った分だけ中身は少し違うんですよね。

ただ、不確かさを知ったとしても、映画の少年たちのように、力強く前に進んでいけるのではないでしょうか。

確かなことが何もないというのは、本当は今も昔も変わらないですから。
人類もまたそれを知って、少年たちのように、少し大人になったのかもしれませんね。

明るさ楽しさの中に切なさも詰まった良い映画だったので、ご興味ありましたら是非!

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もりのやまね

私は、アダルトチルドレン(AC)当事者で、
HSP(繊細で感受性が強い気質)の傾向があります。

現在は、一児の母ともなり、不器用ながら何とか生きているところ💦

映画やドラマの鑑賞が長年の趣味で、
年とともに弱ってきた身体に鞭打って睡眠時間を削りながら、
胸に突き刺さるような名作を探究し続けています。

このブログ「Slow growth」では、
そんな私が出会った名作と言えるような 映画・ドラマ(ときどき本も)について批評しています。
そして、 同時に、自分の経験や生活実感をもとに
現代社会と人間の「生きづらさ」の構造を考察することを目指しています。

生きづらさっていうのは、ただの苦しみというだけではなくて、
生きる実感をもたらしてくれる 人生の友ともなりうるものであることを、
お伝えできたらいいなと思っています。

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